■ 研修会 − 「大英帝国とその言葉-歴史的変遷をふまえて」
2018年1月度研修会報告
「大英帝国とその言葉−歴史的変遷をふまえて」
研修担当 小島裕子
2018年1月20日(土)、浅草文化観光センター5階大会議室に於きまして、「大英帝国とその言葉−歴史的変遷をふまえて」と題した講演会を開催いたしました。その様子を写真と共にご報告いたします。
講師は武蔵大学人文学部教授の谷憲治氏です。私たちが普段コミュニケーションの手段として使っている英語がどのような歴史的、文化的背景から形を変えつつ現在に至ったのか、現在の英語はどのように捉えられているのか、また、英語と米語の違いなどについてお話し頂きました。
谷憲治先生
お話がはじまります
【英語の成り立ち】
みなさんご存知のように英語はイギリスが発祥の地であり、EnglandはAngle-landが訛った言葉です。5世紀頃にゲルマン民族の大移動が始まり、その中の一部の部族で現在のデンマーク辺りに住んでいたアングル人、サクソン人がイギリスに攻め始め、元々住んでいたケルト系の住民を追い出し自分たちが先住民族のような顔をして生活し始め現在に至っている訳ですが、そのアングル人が住む土地と言う意味でAngle-landという言葉が生まれました。現在は英語をEnglishと表記しますがAnglishと表記された時代もありました。
その後、イギリスはローマに征服されていた時代にはローマの言語が流入し、1066年のノルマン・コンクエストによりフランス支配となったイギリスに北部フランス人が移り住みフランス語が流入しフランス語が溢れ、フランス語を語源とする英単語が一気に増えました。そのように歴史の過程でいろいろな国の影響を受けた英語はハイブリッドな言葉となっていきました。それゆえ英語には同じ意味を表す単語(例えば、streetとavenueなど)が数多く、また、一つの単語がいくつもの意味を表す単語(例えば、gateは「門」「通り」「入場料」等の意味がある)も枚挙にいとまがなく、使い方に微妙な違いがあり英語を学ぶ者には(どうして?)と思うことがよくある訳です。
現在、伝統的且つ純粋なゲルマン民族の言葉だけで英語を使おうという動きがあり、その主旨としてAnglishという単語を使っています。
【World Englishes】
World Englishes(複数形)という言葉は社会言語学の専門用語で、「世界中で使われている英語」の総称です。1990年頃から使われ始めています。
"World Englishes"とは
英語の特徴は国際化と多様化です。英語を公用語としている国は50ヵ国、通用語としている国は20ヵ国。つまり英語は70ヵ国(世界の約36%)で大きな役割を果たし、日本のように英語を国際言語として学習している人は膨大な数になります。現在、英語は100以上の国で話され世界の多くの人々が他国の人々とのコミュニケーションを取るための言語となっています。
英語の国際化と多様化
World Englishesにはイギリス英語、アメリカ英語、オーストラリア英語を始めとしてドイツ英語、日本英語、中国英語等々、前述したように多くの国の英語があるわけですが、その国独自の英単語なども現れてきます。Denglishと呼ばれるドイツ英語の中にも、新しく生み出された単語や元来の英単語に別の意味を持たせた単語もあります。同様に日本英語では、"Donmai"、"Romansgurei"、"Live House"、"Slow Life"、"Level Up"等々ありますね。イギリス人、アメリカ人からするとそういう英語(和製英語、独製英語のようなもの)は間違った英語であり、英語として認めていませんでしたが、1990年以降、それぞれの国の英語を受け入れよう尊重しよう、言葉におけるアイデンティティーを認めていこうという気運が盛り上がり、今ではDonmaiやLive Houseなどは外国人から英語として受け止められているようです。Live Houseは本来英語ではClubなのですが、Live Houseという言い方は分かり易いじゃないかということで私の周りのイギリス人やオーストラリア人には評判が良いようです。
イギリスで話されていた純粋な英語が歴史を経てハイブリッドとしての英語となり、それが世界に広まり、どこの国の英語も英語として認めようという方向性が生まれ現在に至るというのが英語という言葉の流れなのです。
【アメリカ英語とイギリス英語】
第二次大戦以降、戦争には勝ったもののイギリスの国力が低下し、アメリカが世界に影響を与えるようになると、アメリカ英語の時代に入っていきます。
もともと移民の国であるアメリカでは、移民たちがそれぞれの国の言葉を話し、ドイツ語が話されている地域もありました。その後、言葉を統一するため英語教育を強化し、アメリカ英語の独自性が生まれました。
イギリス英語とアメリカ英語の大きな違いは"r"の発音です。例えば、"Star Wars"という単語ですが、イギリス英語では"r"は殆ど音に出ませんが、アメリカ英語では"r"の音を強く出します。イギリスでも"r"を強く発音する地域もありますが、"r"を強く発音するのは田舎者だとみなされがちです。全世界で話されている英語ですが、地域性があるのは面白いところだと思います。
イギリスの社会言語学者の論文に、"r"の発音についてビートルズの歌を題材にしたものがあります。ビートルズはデビューした頃、ビッグマーケットであるアメリカを意識しアメリカでヒットさせるため、デビュー当時、1963年の"Please Please Me"では"r"を強く発音していました。しかし、ビートルズ晩年の1969年の"Abbey Road"の頃になると"r"は弱くなり純粋なイギリス英語で歌っています。これは何を意味しているのかというと、イギリス人としてのアイデンティティーに目覚めたということではないでしょうか。それを踏まえて聞き比べてみると発音の違いがよく分かるので楽しいと思います。
英語と米語の"r"の発音について
ある学者が社会階層による英語の"r"の発音について分析したものがあります。
アメリカのニューヨークとイギリスのレディングで調査したものですが、ニューヨークでは階層が上にいくほど"r"の発音が強く、レディングでは階層が上に行くほど"r"の発音が弱いという結果が出ています。イギリス人のアイデンティティーとして、"r"を強く発音する人は田舎者、階層の低い人、という意識がまだ強いのだと思います。エリザベス女王は"r"を発音しません。BBCのアナウンサーの発音も"r"は弱く、このような発音を容認発音(イギリス英語の事実上の標準発音)と呼んでいます。
先生の話に熱心に耳を傾ける会員のみなさん
【アメリカ国内での多様性】
発音や単語の使い方についてアメリカ国内に目を向けた調査があります。ケンブリッジ大学がアメリカで調査した"炭酸飲料"という単語は、地域によって"pop"、"soda"、"coke"、"soft drink"と呼び方が違い、また"Elvis Presley"は"エルビスプレスリー"と発音する人たちと"エルビスプレズリー"と発音する人たちがいる。つまりアメリカ国内でも同じ単語に表現や発音の違いがあることを考えると世界レベルではそういった違いは限りがなく、World Englishesの存在を認めざるを得なくなるわけです。
同じものを表すいろいろな単語がある
【参考資料として】
最後に、"Picture Bride"という映画を紹介します。これは1920年代にハワイに移住した日本人男性と結婚するために16歳でハワイに渡った女性の物語なのですが、この映画には日本語由来のハワイ英語が数多く出てきます。これはハイブリッドとしての英語を考えた時、とても参考になる映画で、言語学だけでなく民俗学でも参考資料として使われているとても興味深い映画です。機会がありましたら是非ご覧ください。
【Q&A】
Q:日本の英語教育は米語が主流ですよね?
A:そうですね。ただ、TOEICなどではイギリス英語、オーストラリア英語も使うようにしています。
新しい流れだと思います。
Q:昔、英語の発音の授業が嫌いでした。
これだけいろいろな英語があるので試験に発音問題は必要ないのでは?
A:その通りで、今では試験に発音問題やアクセント問題は使わなくなっています。私の大学では発音問題を出すことを止めました。
会員(藤井一男さん)から質問が
−あとがき−
卒論面接などでお忙しい時期にも拘らずTSGGの研修会に足を運んでくださり興味深いお話をしてくださった谷憲治先生に心から感謝申し上げます。ご参加されたTSGG会員の皆様に少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
「会員サロン」2018年2月号
文:
小島裕子
写真:
辻芳夫
編集:
越後谷満
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